鷲峯神社
鷲峯神社 鳥取市鹿野町鷲峯
標高約800mの鷲峰山(じゅうぼうさん)の中腹にある古社で、山岳信仰・修験道の色濃い神社として知られています。 山全体が霊域とされ、古くから「因幡の霊山」として崇敬されてきました。 中世には修験者が集まり、鷲峰山修験道の中心地として栄えました。江戸時代には、山中に多数の堂宇があったと伝わっています。
相屋神社
相屋神社 鳥取市青谷町青谷(旧相屋村の氏神)
鳥取市青谷町の相屋神社は 平安時代の史書『日本三代実録』(877年)にも記録が残る由緒深い神社です。青谷の地名の由来が「相屋」にあるとも言われ、地域の歴史と深く結びついています。 近世までは「相屋大明神」と称され、地域の守護神として崇敬されてきました。境内の鎮守の森は県指定天然記念物「相屋神社社叢」に 昭和58年(1983)に指定されました。スダジイを中心とした照葉樹林で構成される社叢で、トキワイカリソウが多く見られるなど、山陰の特徴的な形態を保っています。
武宮神社
武宮神社 鳥取市下坂本
947年(天暦元年)にはすでに存在が確認される非常に古い神社で、 四神磐境や恵方社の独自の特徴を多く持つ神社です。 本殿周囲に青龍・白虎・朱雀・玄武を象徴する石を配置した独特の結界を配置しています。また 境内にある八角堂のような建物は恵方社(歳徳神)です。毎年、節分にその年の恵方に向けて社殿の向きが変わり、上屋は「九星舎」で、内部に九星が表示されています。
加知彌神社
加知彌神社 鳥取市気高町寺内
延喜式神名帳にも記載された由緒ある古社で、かつては「勝宿大明神(かししゅく だいみょうじん)」と呼ばれ、戦勝祈願の神として武将から厚く崇敬された神社です。 創建年代は不詳だが、延喜式神名帳に記載される式内社として古くから存在 しています。
新宮神社
新宮神社鳥取市気高町睦逢
寛文7年(1667)以前の創建が確認される歴史ある神社で、 かつては「新宮大明神」と呼ばれ、周辺6地区( 新宮・橋詰=現睦逢・山宮・郡家・高江・会下 )の氏神として信仰されてきました。古くは背後の山上に祀られていたと伝わり、その跡地は「御来地(みらいじ)」と呼ばれてます。谷の中央部は「馬止め」と呼ばれ、かつて国主の参拝もあったと伝承されています。
加美美都神社
加美美都神社 鳥取市気高町上光
起源は不詳であるが、宇武王大明神また六王権現と称しました。永禄12年(1569)の裁状には「馬場村武王大明神」と所載。天和年間(1681~84)の棟札が現存します。古来武将の崇敬が篤く、鹿野城主亀井武蔵守茲矩が社領外高1石1斗7升を寄進しています。
姫路神社
姫路神社 鳥取市気高町八束水
771年(宝亀2年)創建と伝わる古社で、特に県無形民俗文化財「百手(ももて)神事」で知られる神社です。 『神社由緒記』(文政11年・1828)によると、 宝亀2年(771年)に疫病鎮護のため勅許を受けて勧請されたと伝わっています。 古くは姫路村・船磯村の氏神として、 牛頭天王を祀る「三所牛頭天王」と呼ばれていました。
潮津神社
潮津神社 鳥取市青谷町青谷
もとは「王子権現」と称し、旧潮津村の氏神です。 潮津街道の中央に南面して鎮座し、江戸〜明治期には町内随一の繁華街だった場所に位置します。主祭神は 大国主命と八上姫で「因幡の白兎」神話で知られる縁結びの神々です。青谷の長尾鼻にある「血染めヶ池」で足を癒したという伝承も残ります。
板井神社
鳥取市気高町奥沢見
『延喜式神名帳』にも記載される式内社で、古くから地域の氏神として厚く信仰されてきた由緒ある神社です。 最も特徴的なのは、本殿の下に安置される「六尺の青石」で、これは祭神が降臨したと伝わる神聖な石として、今も板囲いで厳重に守られ、他見を許されない点です。
志加奴神社
志加奴神社 鳥取市気高町宿
『延喜式』神名帳(927)に「志加奴神社」と記載される名神小社です。近世まで、勝島大明神(志加奴神社勝島大明神)と称しました。 古鐘(元禄3年改鋳)があり、大東亜戦争中供出しましたが、戦後返還されました。昭和39年、鐘楼を建立しました。
神前神社